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2006年09月10日

クリスチャンの成長段階について

クリスチャンの人生というものは、この世での70年80年90年というものからだけ見るのではなくて、永遠に生きるものとなっているという面から見るべきなのです。

その永遠の生活が、どのようなものかと言うことは、その人が地上にいる間に、イエス・キリストという土台の上に、どのような建物を建てるのかによって、(1)天国に持っていけるものと(金、銀、宝石で建てたもの)、(2)火で焼かれてしまって、天国に持っていくことが出来ないもの(木、草、わらで建てたもの)とに分けられると、コリント第1の手紙3章で教えているのです。

天の父が(そして主イエス・キリストが)期待している成長を遂げるクリスチャンになっているか、どうかでもって、天国にどれだけの宝を積んだ生活を送ることが出来るのかが決まると教えているのです。

聖書では、(新しい契約が成立してからの教えでは)、クリスチャンとして成長していく段階を3つに分けております。これは丁度、日本の教育制度が、3つの段階に分かれているのと、同じようなものです。小学校、中学校、高校。

第1の成長段階は(小学校では)、2つの分野に分かれています。
つまり、イエス・キリストを救い主と受け入れて救われ、神の家族に生まれ変わりをした人が(クリスチャンになった人が)、成長していく為の第1段階には、2つの分野があるのです。2つの分野で成長して行くことが必要なのです。
(1) ペテロ第1の手紙2:1,2
1  ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし,いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、
2  生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

『純粋な』、というのは、神の霊が神の家族の者に教えとして伝えようとして
書かしている神のことばを、その教えようとしている通りに解釈をし、理解をする、ということです。そして、学んだものを信じる、ということをする、ということです。
これが、クリスチャン人生の基盤となるものです。

(2) 第1の成長段階の2つ目の分野は、マルコ16章で教えているのです。
マルコ16:15-18
15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべて造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。
16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。
17 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、
18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」

福音を聞いて、(たとえば、私が宣べる福音をあなたが聞いて)、信じ、――
聞いた福音に基づいて、あなたがバプテスマを受けて救われ、――
そして、神の家族に生まれ変わりをしたあなた(クリスチャンとなったあなた)には、次のような『しるし』が伴う。

この『しるし』が実際に現れるように、クリスチャンとなったあなたが行動するということが、クリスチャン成長の第1の段階なのです。

聖書で教える福音というものは、3つの部分から成り立っています。
この3つの部分の説明を聞き、理解をした上で、クリスチャンとなれば、17節18節での『しるし』が現実となるクリスチャン生活を送ることが出来る、と教えているのです。

第2の成長段階では(中学校では)、2つの分野があるのです。
(1) ヘブル5:12-6:2
12 あなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています。
13 まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じていません。幼子なのです。
14 しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。
1  ですから、私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。死んだ行いからの回心、神に対する信仰、
2  きよめの洗いについての教え、手を置く儀式、死者の復活、とこしえのさばきなど基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。

成長第1の段階で(みことばの学びで)、『義の教えを学んだ人は』(神の義というものについて、みことばから学びをしたクリスチャンは)、第2の成長段階に進むことが出来るのです。

どのようなことをするのでしょうか。
福音を宣べ伝える。あかしをする。まだ神様の愛を体験していない人に、体験させてあげる動きをとる。というのが、成長段階第2の中の1つの動きなのです。

(2) もう1つの分野は、――
ローマ人への手紙12:6-8
6  私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。
7  奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。
8  勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。

聖書で教える福音を聞いて、神の家族に生まれ変わりをしている人(クリスチャン)は、誰であっても、7つの賜物の中のどれかが与えられているのです。この賜物の使い方を『みことばの学び』で学んだ人が、教会の中で使って、賜物に基づく恵みをお互いに分かち合うということをするのが、成長第2の段階なのです。

第3の成長段階では、――これも2つの分野があるのです。
この段階は、聖書で教えるクリスチャン成長段階では、最終の段階です。
天の父も、 主イエス・キリストも、クリスチャン1人1人がこの段階まで成長することを望んでおり、期待をしているのです。

(1) コリント第1の手紙12:4-11
4  さて、御霊の賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。
5  奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。
6  働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。
7  しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです。
8  ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、
9  またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、
10 ある人には奇蹟を行なう力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。
11 しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。

御霊の賜物が働くようになる段階です。

残念なことに、この賜物は極く特別な人にだけしか与えられないという解釈がなされ、多くのクリスチャンがそれを信じ込んでいるのですが、これは11節の『みこころのままに』ということばを、神の霊が知らせたいと望んでいる通りに解釈をしていない為に起こるものなのです。

その証拠として、『あなたがた』と呼ばれているコリントの町の教会にいるクリスチャンに宛てた手紙で、12章31節では(御霊の賜物について説明をしている中で)、『あなたがたは(コリントの町の教会のクリスチャン達は)、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい』と、教えているのです。
つまり、クリスチャン1人1人が、御霊の賜物が働くように、『熱心に求める』ということをすれば、与えられるということを示しています。(14章1節でも、同じ教えをしております)。

12章11節の『みこころのままにおのおのにそれぞれの賜物を』と言っているところは、たとえば、病気で苦しんでいる人が、悪霊の働きによって症状を現している時には、御霊は『霊を見分ける力』を、与えて下さるのです。そして、その悪霊を追い出すことでもって、症状がなくなるのです。その病人が、健康管理を怠っているのに、自分で気が付かないでいるという時に、『知識のことば』が働いて、どのような点で健康管理に注意をするべきなのかを、知らせて下さる、というように、おのおの(その必要に応じて)、それぞれの賜物が働くようにして下さるのです。

だからクリスチャンであれば、誰であっても、御霊の賜物が働くように成長して行くことが出来るように、準備されているのです。

(2) もう1つの分野は、エペソ人への手紙4:11-16で示しています。
11 こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。
12 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、
13 ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。
14 それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、
15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。
16 キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。

クリスチャンということばは、『キリストのような人』という意味です。あなたを見れば、イエス・キリストとは、どんな方なのか推測できる。あなたを見れば、イエス・キリストが見える、というところにまで、あなたが成長するということが期待されているのです。

その為にキリストは、使徒、預言者、伝道者、牧師・教師を任命して、その務めを果たす役割を与えているのです。


現在、国際クリスチャンセンターでは、大部分の人が第2の段階を卒業して、第3の成長段階に入りました。新しく来られた方々の為に、第1の成長段階からの成長を計りながらも、第3の成長段階を進むのに必要な情報を、礼拝メッセージで、聖書講座のメッセージで、お渡しをしております。

礼拝は午前10時から、聖書講座は午後1時半から、どなたでもお出で頂けるようになっております。

もしも、このような成長段階に興味をお持ちでしたら、(そして、当教会の礼拝・聖書講座にご出席できないのでしたら)、テープ・カタログが用意してあります。その中から、1.聖霊から力を。2.油注ぎを受けるには。3.クリスチャン生活の3本柱。というようなメッセージを参考にして下さい。

尚、カタログには載せてないのですが、『福音とは何か』というメッセージが、3本のテープに収めてあります。聖書では、どのようなものを『福音』と呼んでいるのか、ということを、細かに説明しております。

日本のクリスチャンが、1人でも多く、金、銀、宝石で建てた建物を持って、天国で永遠という期間、生活をすることが出来るようになることを、願っている次第です。

【聖霊から力を】(11巻のテープ)
聖霊という方を正しく理解することが力をもらう第一歩。
①聖霊はどの様な働きをなさる方か。
②どの様な時に、どの様にして力を出すか。
③どの様にしてクリスチャンを助けて下さるのか。
④初代教会の人達は聖霊により大きなわざを行っている。現在のクリスチャンが大きなわざを行っていない理由、どの様にして力を出させない様にしているのか。
⑤「聖霊を悲しませるlとはどの様なことをいうのか。
⑥クリスチャンがどの様にすれば「イエスの行うわざよりも更に大きなわざを行うことが出来る」(ヨハネ14:12)ように聖霊が力を出して下さるのか。
jクリスチャン一人一人に宿っていて下さる聖霊は、想像するよりも大きな力を出して下さることが出来る。どの様にすればその力を100%出してもらうようにできるのか、また、毎日の生活に活用していけるのか、しっかりと学ぶことが大切。このメッセージはその必要を満たすのに役立つもの。

【油注ぎを受けるには】(6巻のテープ)
神様からの力(油注ぎ)はどの様にすれば受ける事が出来るのか。条件となるもの(満たしていないといけないもの)を一つ一つ説明している。
①他の人の益となる様に受ける油注ぎは、どの様な条件を満たせばよいのか。
②自分自身の益となる為には、どの様にすれば油注ぎを受けることが出来るのか。
③教会全体で油注ぎを受け、大きな力あるわざを現すには、どの様なことが必要なのか、ということについて細かに説明しているもの。

【クリスチャン生活の3本柱】(15巻のテープ)
クリスチャン生活というものは、イエス・キリストという土台の上に、3本柱で建てられているもの。神の義。信仰。祈り。
この3つをどのように組み合わせてお互いにお互いを支え合うようにするか、ということでもって、どのような建物を建てることができるのか、ということが決まるので
す。
①神の義と信仰という組み合わせ。
②神の義と祈り。
祈りには8つの種類がある。その一つ一つの種類の祈りと、神の義とを、どのように組み合わせることでもって、力ある祈りとなるのかを説明。
③信仰と祈りの組み合わせ。
一つ一つを克明に説明している。